世の中には、一目見ただけで邪悪だと分かる人間がいるものだが、建物にもそうした例がある。(10)
「空家」A・ブラックウッド 小山太一訳
『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談ー憑かれた鏡』ディケンズ/ストーカー他 E・ゴーリー編 柴田元幸他訳 河出文庫
『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談ー憑かれた鏡』はそのタイトル通り、エドワード・ゴーリーが作品の選定とイラストを手掛けたアンソロジー。
ゴーリーは、『ギャシュリークラムのちびっ子たち』などの作品で知られる、世界中で、そして日本でも根強い人気を誇るアメリカの絵本作家である。
各話に添えられたゴーリーのイラストは物語の恐怖を高めてくれる。
内容にふれています。
一作目に収録されているのは、イギリスの作家アルジャーノン・ブラックウッド(1869-1951)の「空家」である。(原題 “The Empty House”)
町の反対に住む叔母ジュリアに招かれたショートハウスは週末に彼女の家を訪ねる。ジュリアは、幽霊の出る家を今晩探検するために甥のショートハウスを誘ったのだ。
もちろん、話はそれで決まった。ショートハウスは自分をごく平凡な青年だと思っていたから、虚栄心をくすぐられては弱かったのである。行きましょう、と彼は答えた。(14)
ショートハウスはすぐに、今晩、自分の恐怖だけでなく、叔母の恐怖もともに背負わねばならないことを悟る。問題の幽霊屋敷は一見何の変哲もない家に見えた。自分の胆力と体力には自信のあるショートハウスは、叔母を鼓舞しながら探索を進めていくのだが…。
深夜に評判の幽霊屋敷を探検するという、オーソドックスな恐怖物語だが、この種の話は何度読んでも飽きることがない。ここでは幽霊たちはショートハウスたちに危害を加えるつもりはないようである。脅かすような行動を繰り返すのは出て行ってほしいからなのだろうか。
エドワード・ゴーリーのイラストでは一列に立ち並ぶ家々の中で、他の家とまったく変わらない様子で佇む幽霊屋敷が描かれる。たしかにその家は他の家と姿形は同じである。でも光が当たることにより、中の暗闇が強く意識させられる。明らかに違うものより、一見同じように見えてまったく違うものの方が人は恐ろしく感じる。ゴーリーの絵はそうした違和感を視覚的に描き出し、静かに恐怖と好奇心を高めてくれる。
ショートハウスと叔母ジュリア(独身で心霊学に凝っている)のキャラクターも面白い。この物語は三人称の語りだが、ショートハウスの視点に立って物語が進んでいく。自らの勇気と冷静さを信じるショートハウスだが、読者視点に立つとジュリアの方が冷静なのでは、と思えるところもある。一見すると、好奇心は強いが怯える叔母と、しっかり者で冷静な甥というステレオタイプ的なコンビだが、実際は動揺しまくりなショートハウスである。
しかし、ショートハウスを馬鹿にはできない。幽霊たちが上から迫って来る場面も恐ろしいが、同じ恐怖を共有していると思う同行者の顔に、別人の面影を見るのも恐怖だ。
二人が夜風を胸いっぱいに吸い込んだ時、私自身も息を止めていたことに気づく。
深夜の冒険は終わったのだ。
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