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イギリスの幽霊物語が好きだ/「約束を守った花婿」イーディス・ネズビット『ヴィクトリア朝幽霊物語』(アティーナ・プレス)

「ねえ、君。ぼくは、君が望むなら、黄泉の国からだって帰ってくるよ!」(p.5)

「約束を守った花嫁」イーディス・ネズビット

『ヴィクトリア朝幽霊物語』松岡光治編訳 アティーナ・プレス

おばけ(含む怖いもの)と虫が大の苦手な私。

ドラマ「ウォーキング・デッド」でさえ、知人の「一話は全然怖くないよ」という言葉を信じて観た結果、息も絶え絶えになった(おばけじゃないけど)。

でも、イギリスの幽霊物語は大好き。

(怖いだけで、嫌いじゃない…たぶん)

イギリス人と言えば幽霊大好きな国民性。

どの町でもゴースト・ツアーがあり、幽霊が出る場所は即座に観光スポットになる。

そして、イギリスには幽霊物語があふれている。

幽霊物語は特にヴィクトリア朝時代に大流行した。

18世紀からゴシック小説などは人気だったが、ヴィクトリア朝の時代、多くの幽霊物語が書かれ、著名な作家たちもまた幽霊物語を残した。 

松岡光治編訳の『ヴィクトリア朝幽霊物語』では、そのようなヴィクトリア朝の著名な作家たちの魅力的な幽霊物語を読むことができる。

大学の教養英語の授業テキストの中から選んだ八編を選んで訳したものとのことだが、

うーん、何とも面白そうな授業。

この『ヴィクトリア朝幽霊物語』は残念ながら絶版となっているが、

なんとありがたいことに、あとがき含む全文がPDFで無料公開されている。

さらに英語の原文も載せてくれているので(サイト内のVictorian Ghost Storiesから飛べる)、読み比べてみることもできる。

私は幸運にも紙媒体でゲットできたが、それが難しくなった今、PDFで読むことができるのは本当にありがたい。

今回はその中から最初に収録されたイーディス・ネズビットの「約束を守った花婿」を取り上げる。

作品の内容にふれています。

ネズビットと言えば、『宝探しの子供たち』などの児童文学で有名な作家だが、彼女は幽霊物語もたくさん書いていたようだ。

最初に引用した文とタイトルからもわかるように、この物語は亡くなった花婿が、生前花嫁に告げた「必ず帰る」という約束を果たす物語。

伝承バラッドなどでよく見る設定を踏襲しており、何度も「必ず帰る」と告げる花婿の言葉がいわゆるフラグとなっているパターンの作品で、この手の幽霊物語としてはお約束の展開と言えるだろう。(「あー!それは言っちゃダメなやつ・・!」という)

事故で死んだ花婿は約束を果たすために黄泉の国から舞い戻り、結婚を果たす。しかし、結婚式の帰りの馬車の中から花婿は姿を消し、花嫁は黄泉の国へと連れ去られる。

ネズビットの物語構成が巧みなため、全体的にそつがないような印象も受けたこの作品だが、気になる点もいくつかある。

まず、語り手は一体誰なのか。

もちろん、彼は、花婿であるジョン・チャリントンの友人の一人だろう。

そして他の多くの友人たちと同じく花嫁のメイ・フォースターに好意を寄せていた男の一人でもあるだろう。

また、このような恐怖物語では一般的だが、超自然的な物語に直面する平凡な人物という、読者の代弁者のような存在でもあるだろう。

しかし、彼の語りにはどこかひっかかるところがある。

それは彼が恐怖物語を回想して語っているため、と思えば納得できるのだが…

恋人たちにあてられるユーモラスな存在であることには違いない。

また、メイ・フォースターはいつからジョン・チャリントンを好きだったのか。

これは、語り手がチャリントンに非常に近しい人物である一方、フォースターには高嶺の花のような存在として好意を寄せているため距離があるので、単に女心がまったくわかっていなかったという可能性もある。

さらに、メイ・フォースターが、行かないでほしいと泣いた理由はなんだろうか。

結婚式の前だから不安になったのか、単に虫の知らせが働いただけなのだろうか。

この物語自体がチャリントンと親しく、フォースターとはそれほど親しくない語り手が語っているため、フォースターの人物像がマドンナ的存在の女性であること以外浮かび上がってこない。フォースターはいつから何を知っていて、最後に何を見たのだろうか。

死者と馬車に乗るというのもまたこの時代の幽霊物語の一つのパターンだろうか。

この時代のイギリスの鉄道は密室状態を作り出すため、現実の事件や推理小説の舞台に利用されたが、ヴィクトリア朝の幽霊ものでは鉄道の他に、走行中の馬車も密室状態となり、その役割を果たしているようである。

乗るはずの列車に乗っていない花婿、婚礼の鐘の代わりに鳴り響く弔いの鐘、

死人のような花婿と花嫁、その光景に戦慄する語り手たち。

読んでいて、とにかくぞくぞくと恐怖が襲ってくる物語だった。

と同時にネズビットの物語構成の上手さを実感させられた作品でもある。

電報のメッセージが、また、怖い。

収められた作品の中では最も時代が新しい(1891年)が、この短編集の最初を飾るのにふさわしい作品で、一気にヴィクトリア朝の幽霊物語に引き込まれた。

ぞくぞくしたい人にはお薦めの一作。