一か月ブログチャレンジ、今日は12日目です。
ほぼタイトル落ちですが、今日はホラーが苦手なのに、なぜ恐怖小説の感想ブログを書いているのかについて考えてみました。
私はホラー映画や小説が苦手です。
知人が「初回はまったく怖くないから大丈夫」と勧めてくれたドラマ『ウォーキング・デッド』の一話も、始まって数分で脱落したし(でも頑張って横目で一話だけは最後まで観た。途中で何回か目をつぶったので見てない箇所もある)、
お化け屋敷とかは、もうほんとうにあれです。
学生の頃ってなぜかやむを得ずお化け屋敷に入らなければならない機会が頻繁に訪れるものですが、富士急のお化け屋敷に入った時は、記憶がほぼありません。
覚えているのは7人グループで入って、絶対に真ん中のポジションにしてくれとお願いしたのに(必死)、途中で2グループに分かれるようキャストに指示されて絶望したことくらいです。
ちなみにお化け屋敷ではキャーキャー叫んだりしません。そんな余裕はない。
怖すぎてひたすら沈黙するスタイルです。
でも、じゃあお化けや幽霊物語がきらいかというと、そんなことはなくて、
子供の頃は親戚からもらった子供向けのお化けの本が家にあって読んでいたし、不思議な話や、少し残酷なおとぎ話のようなものにも興味がありました。
『世にも奇妙な物語』もめちゃめちゃ怖がりながら見ていた記憶がある。
怖いけど、知りたい。興味があるけど、怖い。
そんな相反する感情を刺激されるのが私にとっての怖い話やホラーでした。
たぶん怖い話にも相性があると思います。
私はおそらくイギリスの怖い話と非常に相性がいいのだと思う。
時系列は前後するかもしれないけど、大学でイギリスの伝承バラッドを扱った授業を受けて、その独特の世界、物語の残酷さ、空白に夢中になったのも、そうした文学を読むようになった転換点だったかもしれない。
大学一年の時にその後指導教授になる教員の授業で『ジキル博士とハイド氏』や『ねじの回転』などのゴシックや恐怖要素のある小説を一通り読んで衝撃を受け、魅了されたのも影響していると思う。
それから、その後研究者を目指すきっかけとなったディケンズの作品との出会いも大きい。幽霊やお化けだけでなく、人間心理の恐ろしさなど、様々な不思議や恐怖を扱った作品がディケンズには多い。
イギリスの伝承バラッド、18~19世紀のゴシック小説や詩、ディケンズを始めとしたヴィクトリア朝の幽霊物語や恐怖物語。
そうした作品を大学院に入ってからまた個人的にも授業でも読んでいて、ディケンズの短編が収録されているアンソロジーに目を通すうちに、自然と他の作家の作品も読むようになり、イギリスの恐怖小説の豊かさと面白さにどんどんはまっていった。
さすが幽霊がもてはやされる国イギリスだからなのか、イギリス文学の怪奇小説のアンソロジーは非常に多く、そして手に入りやすい翻訳が多い。
その多くが短編であるということもアンソロジーや翻訳が出やすい理由だと思う。
そして短編はやはり読みやすい。
そういう意味でもブログ執筆にも向いているかもしれない。
でも何より、やっぱりイギリスの怪奇小説やゴシック作品が好きだから、感想を書くのだと思う。
非常に地味なブログ記事になることは百も承知だが、これからも地道にイギリス文学の(時にアメリカも)恐ろしい物語の感想を綴っていきたい。
伝承バラッドも久しぶりに精読したくなってきた。
この辺はヴィクトリア朝や19世紀イギリス文学とのつながりも深く、そのあたりの文化的背景も非常に面白いのです。
ブログとも相性が良さそうなので、近いうちに公開したいです。
今後もニッチな記事の更新が続きそうですが、ちゃんとイギリス旅行記も書きますので、お待ちください…!