気がつけば11月も終わりに近づき、『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』の公開も二日後に迫ってきました🎄
映画は『クリスマス・キャロル』誕生秘話を描いた話。
公開までに、これまで制作されてきた色々な『クリスマス・キャロル』の作品感想を書いていきます、と言ったけど、もう公開されそう。
公開されても続けます。
前回のレジナルド・オーウェン版『クリスマス・キャロル』の記事。
2本目の作品はこちら。
1970年にイギリスで制作されたアルバート・フィニー主演『クリスマス・キャロル』(原題は”Scrooge”)。本編113分。
パッケージにあるあらすじはこちら。
19世紀半ばのロンドン。街はクリスマス・イブを迎える温かで賑やかな雰囲気に包まれていたが、ケチで思いやりのかけらもないスクルージは、そんな世間の様子には関心を示さず、事務所のクラチットにも、たった1日しかクリスマス休暇を許可していなかった。ところがその夜、スクルージの前に“過去”“現在”“未来”のクリスマスの亡霊が次々と現れ、彼を不思議な時空の旅へと連れ出す。スクルージはそこで真の自分自身のあわれな姿を見せられ、人生で本当に大切なことを初めて悟るのであった。
この作品はミュージカル作品(全部で11曲が歌われる)で、ディケンズを生み出したイギリスで制作されている。この二点だけでも前回記事のオーウェン版とはテイストがかなり違う。オーウェン版の後ではカラーも目に眩しい。
クリスマスの歌と作品の内容を表したイラストとともに始まるオープニングが雰囲気を高めてくれる。
スクルージを演じる主役のアルバート・フィニーは1936年生まれのイギリス人。
ということは、この映画の公開時、まだ33、4歳!?
老けメイクと演技でお爺さんスクルージになりきっている。
しかし、青年スクルージもフィニー自身が演じているのは、30代前半の役者だからこそできることなのかも…そう考えるとスクルージ役の役者の年齢は何歳くらいが最適なんだろうかと考えてしまう。
フィニーのスクルージの演技に多少の志村けん感(コント時)を感じてしまうのは、若い人が老人を演じているという共通点があるかもしれない…(実際は逆で志村けんが色々な映画俳優の演技から影響を受けているのだろうけど)。
冒頭の事務所でお金を几帳面に数えるスクルージ、最高である。
クリスマス・キャロルを歌いながら小金をもらおうとする子供たちの服装とやんちゃそうな顔がいい。19世紀半ばのロンドンではこういう少年たちがたくさんいたのだろうと思わせる。もちろん本物はもっと貧しかっただろうけど。彼らは作品の最後まで重要な役を果たしている。
オーウェン版と一番イメージが違うのは間違いなくスクルージの事務員クラチットとスクルージの甥フレッドである。
ジーン・ロックハートのクラチットは恰幅のいい優しいおじちゃんという雰囲気だったけど、こちらのクラチットは・・・シュッとしてる!
気の弱いイケメンという感じで若いし、背も高い。
演じるのはデヴィッド・コリングス。1940年生まれということは、この時まだ30歳くらい。しかも、コリングスは、2013年イギリス公開のディケンズの伝記的映画”The Invisible Woman”にも出演しているとのこと!ディケンズに縁がある、というよりは、イギリスの役者ならシェイクスピアやディケンズ作品に必然的に縁が深くなるのかもしれない。
バリー・マッケイ演じるスクルージの甥フレッドは、顔も心も男前(きらきら)という感じだったが、こちらのフレッドは・・・ふつうのちょっと冴えないけど心底明るいおじさん!!
これには相当びっくりした。いや、これまでフレッドには若くてシュッとした男前というイメージしかなかったので……新しい、新しいぞ、このフレッド!
人の好さはものすごく伝わってくるフレッドです(フォロー)。
演じるのはマイケル・メドウィン。
1923年生まれってことは、公開時47歳!?
この三人の中で一番おじさんなのがフレッド(役の人)!?
この冒頭の数分で私、かなりこの映画に揺さぶられました。
そうか、オーウェン版はやっぱりきらきらした口当たりの良いハリウッド映画だったんだなあ・・・
フィニーやコリングスだけでなく、今年95歳になるメドウィンもみなお元気のようで嬉しい限り。
スクルージの金庫の中の様子もすごくいい。
この物語のキーパーソンであるティムは、テリー・キルバーンの素直で愛らしさ全開のティムと比べて、はかなくて少し老成したようなティム。愛らしさはとびきり。歌声も澄んでいて泣ける。
演じるのはリチャード・ボーモント。1961年生まれなので公開時は9歳くらい。
ハリウッド版のティムはまだ世間の苦労を知らない無垢の象徴という感じだったけど、このティムは明らかに貧しさを身を持って知っているティム。
聡明な瞳、大人びた台詞、澄んだ歌声に心揺さぶられる。
そして、突然始まる歌のシーンに、ミュージカルだったことを思い出す。
子供たちとクリスマスの買い物をするクラチットが完全にイケメンパパだし、フレッドがやることが多いようなユーモアたっぷりのシーンをこの映画ではクラチットが請け負っている。
楽しい歌とともに進むショッピングだが、買いたいものが買えないのがクラチット家のクリスマス・ショッピング。そのことを強調するように店の中で買い物をする人々と店の外の露店で買い物をするクラチット家が対比されて描かれる。しかし、貧しくても幸せな一家の姿が心に残る。
場面は変わって仕事終わりのスクルージ。
寄付を募る紳士たちを一蹴し、「人間が大嫌い(I hate people)」と歌いながら、クリスマスを楽しむ人々に借金の取り立てをしてまわるスクルージ。
パンチ&ジュディの人形劇の中の人にも借金を取り立てるのには笑った。
え、今?ってそりゃ言われるよ、スクルージ。
子供たちにからかわれ後を付け回されるこの映画のスクルージは、気持ちいいくらい人々に嫌われている。
幽霊が出てくるまでのシーンはホラーが苦手な私には結構怖かった。
そんな中出てくる相棒のマーレイの亡霊。
マーレイ・・・・・・なんか、すごく変わってる。
鎖にぐるぐる巻きにされてるのは原作通りなんだけど、動きがすごい独特。
上手く言葉で表せないので気になった人は観てください。
あと、その鎖、結構簡単に外れそう。
マーレイは変わった動きをするけど、マーレイに見せられる亡霊たちは結構怖い。
そして、ここから過去、現在、未来の三人の亡霊が登場する。
113分あるので、基本的には原作に割と忠実に進んでいく。
今思うとオーウェン版はめちゃくちゃ話がタイトだった。
でも、こちらも過去の幽霊は原作とは違う。
ふつうのおばちゃん出てきた。
この亡霊絶対怖くないよ。
演じるのはイーディス・エヴァンズ。
こんな亡霊ならむしろ心強い感じだ。
亡霊が見せる過去もほぼ原作と同じ。
フェジウィグのクリスマス・パーティーのシーンは心躍る。
この映画は若きスクルージと恋人との別れも描かれているが、二人が幸せだった場面(原作にはない)が歌とともに追加されている。
その代わり、幸せな家庭を築いたかつての恋人の様子を見るという場面が削られている。
現在のクリスマスの亡霊は原作の挿絵のイメージそのもの。
演じるのはケネス・モア。
彼とともに陽気になるスクルージは結構かわいい。
ここでのティムの歌は本当に泣ける。
そして、フレッド。やっぱりただのおじさんだ。いや人のいいおじさんだけども。
フレッドがおじさんだからか、フレッドの奥さんも美人だけど貫禄がある。原作のイメージとはこちらも少し違うかも。
しかし、この映画も「無知」と「欠乏」の子供たちの描写はカットしている。
なぜだろう。原作ではかなり重要な場面なのだが・・・。
そして現れる未来の亡霊。
かなり原作のイメージに近い。
そして亡霊が見せる未来の様子は、原作とは展開は異なるものの、その暗さや辛辣さはオーウェン版とは比べ物にならないほど原作と通じていると言えるだろう。
原作にあるような遺体から遺品を盗む老婆たちの様子などはカットされている。
その代わりに挿入されているのが、スクルージに借金のあるスープ屋のジェンキンスが音頭をとって歌う「サンキュー・ベリー・マッチ」の場面だ。
このブログ記事のタイトルにも使ったこの「サンキュー」は、スクルージを称えながら皆で歌って踊っているため、スクルージは未来の自分が人々に感謝されていると信じて喜ぶ。しかし、実際はスクルージが亡くなったことで借金がチャラになったことを人々は喜んでいるのであり、彼らが感謝しているのはスクルージが死んだことに対してなのだ。
この痛烈な皮肉はディケンズの原作と通じているだけでなく、非常にイギリス的なユーモアと言っていいだろう。
運ばれていく棺桶をスクルージは見逃してしまうため、人々と一緒になって自分の死に対して「サンキュー・ベリー・マッチ」と歌い踊ってしまうのだ。
街中が彼の死を祝福している。その中を嬉しそうに一緒に行進していくスクルージ。これ以上の皮肉があるだろうか。そして悲しみがあるだろうか。
さらにここからがこの映画の非常に独創的な場面である。
未来のティムの死を知ったスクルージは、その後で自分の墓に落とされる。
そこは地獄に繋がっているのだが、その地獄の様子がなんというか、急に世界観が変わり、ヴィクトリア朝から70年代のミュージック・ビデオの世界にタイムスリップしたかのようなのである。70年代の映画や音楽に詳しい人なら、ぴんと来るのかもしれないが、私にはすぐに適当な例えが見つからない・・・。
でも、この毒々しいカラフルさは、『チャーリーとチョコレート工場』の映画の世界観を思い出させる。あと、デヴィッド・ボウイの70年代のMVに出てくるような色彩感覚でもある気がする…。
もちろんこの場面はすべてオリジナル。
視覚的にもかなり強烈な印象を残す場面となっている。
目覚めたスクルージはクリスマスが終わっていないことを喜び、子供のようにはしゃぎまわる。
そして、クラチットの給料を上げ、ティムら子供たちにプレゼントを送ったり、フレッドのクリスマス・パーティーに行く約束をするだけでなく、スクルージは彼が貸している借金をすべて帳消しにしてやる。
その大団円の場面で、歌われる歌があの「サンキュー・ベリー・マッチ」なのだ。
未来の亡霊が見せたのは、スクルージの死を喜び歌われた「サンキュー・ベリー・マッチ」だが、今、その歌は慈悲深く優しいスクルージのために、彼に感謝をするために歌われることになったのだ。
フレッドがただのおじさんだとか、マーレイがかなり変だとか、つっこみを入れながらここまで観てきた私だったが、この最後の場面ではもう、心が躍って仕方がなく、気づいたらみんなと一緒に心の中で「サンキュー・ベリー・ベリー・マッチ♪」と歌っていた。
字幕が「ありがとう」とかじゃなく、「サンキュー・ベリー・マッチ」なのもどうなんだ、とか少しだけ思ってたけど、もうこの場面に来たらシング・アロング状態でそれもよし!みたいな心境になってきた。
とにかく高揚感がすごい!
観終わったあと、とにかく世界中にこう言いたくなる映画だ。
「サンキュー・ベリー・ベリー・ベーリー・マッチ!!」
そして最後一人きりで群衆からはなれて自宅に帰ったスクルージが、マーレイの顔をしたドアのノッカーにサンタのつけひげをつけて話しかけるシーンで終わるラストもいい。
19世紀にも赤い服を着たサンタのイメージがあったとはいえ、ここまで現代風のサンタの衣装があったのかは謎だが、そんなことはもうどうでもいい、という気分になってくる。
そう今私はこの映画にこう言いたいのだ。「サンキュー・ベリー・マッチ」と!!
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